2025.02.17
角野栄子 文 及川賢治 絵 講談社 2019年
小さな丘の上の一軒の家には何年も人が住んでいませんでした。
広間の壁いっぱいに大きな鏡がありましたが、いつもぼんやりくもっていて、鏡なのか壁なのか、わからないほどでした。鏡はときどき手を出して、自分の顔をつるんとなぜましたこうでもしないと、自分がいるんだか、いないんだか、わからなくなってしまうのです。
そんな家に、ある日若い夫婦が引っ越してきました。二人に拭いてもらって、鏡は久しぶりにぴかぴかと光りました。
半年してあかちゃんが生まれました。名前はチコリ。大きな鏡にゆりかごが映っています。鏡は手を出してゆりかごをそっとゆすりました。鏡はうれしくてぴかぴかと光りました。
鏡はチコリの成長を見守り、ぴかぴかと光りながら暮らしました。
美しい女性になったチコリが男の人と手を組んで鏡の部屋に入って来た時には、鏡はそっと手を出して男の人をころばせました。思わずくっくっくとわらったチコリに怒って、男の人は帰ってしまいました。
失恋して涙を流したチコリでしたが、ある日のこと、ひとりの青年といっしょに部屋に入ってきました。
見つめ合う二人を見て、鏡は「これはいい。まけたな」と思いました。鏡はぴかぴか光りましたが、ちょっとふるえてもいました。
チコリは結婚することになり、鏡の部屋で花嫁と花婿を囲んで大勢で記念写真を撮りました。鏡はこれ以上ないほどぴかぴか光りました。
みんなが結婚式にでかけると、鏡は端からくもっていきました。そして、鏡の胸のところにぽつんとひびわれができ、それは静かに広がっていきました。